JAN PROUVE 展始まる 2

この展覧会のポスター-にもなっている、ナンシー機能回復センターのための椅子です。プルーヴェには珍しくイージーチェアのデザインです。スケッチにはカバーの取り付け方、構造まで説明しています。このスケッチを描いたときプルーヴェはものすごく楽しかったのではないでしょうか。いいスケッチだなあ。

ここからはプルーヴェの建築家としての実績を紹介します。1949年に自邸を建築します。ただ建築中になんとプルーヴェが自社を追われることになり、大幅に計画が修正されたそうです。企業とデザイナーの衝突です。

マクセヴィルのデザイン棟。当時のフランスで「新住宅設計競技」の受賞作品です。プレファブ住宅の価値を広げるための住宅だったようです。プルーヴェの工房のデザイン棟として使われています。

組立・解体可能な建築と建築部材の開発。プルーヴェはこの案がによって人々の暮らしをよくしたいと考えていました。

ヴィルジュイフの仮設校舎

1957年に、プルーヴェは仮設建築の第一人者と認められていた。パリ郊外のヴィルジュイフに学校建設を依頼されています。

これが1957年、昭和32年の仮設校舎です。全面ガラス張り!こんな校舎で学んだ子供たちは、どんな子供になったんだろう。

1944年、第二次世界大戦末期、プルーヴェは政府から依頼を受け、難民のための仮設住宅を設計しています。復興都市計画省から6m×6mの大きさに設定されたことによるサイズです。金属と木材の軽量プレファブ住宅でいつでも分解撤去できるように設計されています。柱のない空間はとても豊かで仮説住宅でも貧乏くささは全くありません。

プルーヴェ自身はアーキテクチャーではなくコストラクターといっていたようです。製造とデザインの関係が整理されてない時代、プルーヴェは自分のデザインを実現するための行動力がずば抜けていたようです。そんなプルーヴェでも、工房の運営について問題が生じ、自ら作った工房を追われる憂き目にあいます。建築家デザイナーとして純粋だったんでしょう。少し悲しい話ですね。とても充実したジャン・プルーヴェ展でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です